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亀田興毅謝罪記者会見 [ボクシング]

ひどく違和感を覚えていた。

亀田家のバッシングについてだ。

ヒザ撃ちの反則も、相手の足を止める為に反則と知りつつ行うボクサーもいる。
海外のボクシング観戦をしていると、いらつき、焦り、相手を投げ飛ばすシーンに出くわす事が多い。

果たして、今回のその反則行為は、最近のマスコミが騒ぐような犯罪者並に扱われるような事かどうか、判断がつかなかったからだ。
弱点を狙うのは、勝負事の定石だ。
直接相手にダメージを与える勝負は、それだけ冷徹だと思っていた。

恐らく、日本と言う国で、ボクシングの認知度は低く、その在り方としての認識が違うのだろうなと思っていたのだが…。

海外と比べるな、最低の試合と比較するなと言われそうだが、かのマイクタイソンなど、イベンダーホリフィールドの耳を噛み千切っている。
私にとっては、タイソンが、ホリフィールドの耳を噛み千切った程のヒステリックなマスコミの扱いに一種の違和感を感じ続けていた。

恐らく、その亀田ファミリーの態度、暴言を快く思っていなかった者たちのバッシングが、一敗地に塗れた時に、その、凋落を見た時に一気に噴き出したというのが本当だろう。

この狭い日本で、あれだけの暴言を吐くリスクは、今回の件で明白となった。
パフォーマンスとはいっても、あれだけの言葉を吐くだけの努力を彼らは今までやってきたのだが…。

常に勝利を意識して、俺は強いと言い続けていなければならない事、
ある種の言葉に頼らなければならない切なさ。
亀田興毅と、大毅の言葉は、
常に、トップに君臨し続けるための自分に課した重荷のように見えていた。
安定王者であれば、その言葉を否定された時に、あれ程ヒステリックに反論はしないだろう。
ヒステリックに反論するその言葉は、私の耳には恐れを含んでいるようにしか聞こえなかった。

ボクシングは、非常に繊細な競技だ。
下馬評で勝利確実と言われて陥落してきた選手のなんと多い事か。

噛み合う相手、噛み合わない相手、
ボクシングスタイルが荒く、ヘタクソなボクサーであっても、ずるずるとその勢いに押され、敗北する選手のなんと多い事か。

世界を意識したボクサーなら、そのことは、嫌と言うほど知っているだろう。

そんな中で、あれだけの言を吐く事のリスク。
鋭利な刃物の上を歩くような生き方をしていると、常に思っていた。
それがこの結果だ…。


マスコミは恐ろしい。
マスコミに躍らされた。
などとの言葉が、ネットの中では舞踊っているようなのだが、
そんな事は、周知の事ではないかと思っていた。
これが、世の中だ。

マスコミに乗って騒いでいたのは世の中で、
常に世の中の汚い部分をかき立てるのが世論。
日本と言う国は、マスコミが作り出した多数派によって支配されている。

判定も疑惑と言えば、疑惑。
ありえない反則だと言われれば、
ボクシングに対する冒涜だと声高に糾弾を続ける。

強く、自信に満ちたヒーローに快感を見いだした観客が、
全て敵にまわるのだ。

しかし。
今回の件で、亀田興毅に対するバッシングは収束に向かうだろう。
今回の会見で、亀田興毅の評価は回復するかもしれない。

しかし、それも、マスコミの仕組んだストーリーに見えてしょうがない。

父親をスケープゴートにして、世界チャンピオンという、より商品価値の高い興毅を全面に押し出し、その亀田ブランド力の回復を狙うというふうにしか見えないのだ。

これまで、たずなをとれなかった亀田家の父親から、
商品価値の高い亀田三兄弟の主権を簒奪し、飼いならし、
より興毅の商品価値を高める為のプロジェクトのような気がしてならないのだ。

インタビュアーの質問も、仕組まれたストーリーに乗って
インタビューのシナリオができているような気がするのは穿ち過ぎだろうか?

たったひとり亀田家の代表としてマスコミの前に21歳の若者を晒し、
吊るし上げとも言える質問を浴びせていた。

記者会見で、若干21才の若者に、あの質問はないだろう、マスコミは怖い。
などという言葉がある。

しかし、その質問を一番聞きたがっていたのは、世論であり、その質問がされた時点で酷すぎるなどと言うのは愚の骨頂だ。

悪役を自ら買って出たマスコミと、その糾弾を受ける若干21歳の生きる事に不器用な息子という図式から、
父親に対する絆への思いへ同情を誘導するようにインタビューが進んでいたような気がしてならない。

誰が、父親を蚊帳の外にするように指示したのか。
それが、ひどく気になるのだ。

あの父親が記者会見に出ていかないと言うとはどうしても思えないのだが…。

亀田興毅は、世界タイトルを獲得した時点で、そういった重圧にも応えていかなければならない義務がある。

近年ボクシングにこれだけ脚光が集まった事があっただろうか。

日本国をあげての注目度だ。
そういった意味では、このマイナーな競技を、これほどまでにメジャーにした彼らの功績にはただ感嘆するばかりだ。

良くも悪くも、それだけの注目を集める人間が果たしているのだろうか…。


コメンテーターの視聴者の感情を操作するような異口同音のコメントが気持ち悪い…。


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【boxing/内藤vs大毅】始まりの終わりと、終わりの始まり。 [ボクシング]

10月11日 内藤大助VS亀田大毅のボクシングWBC世界フライ級タイトルマッチの話だ。

因縁の対決と言われ、
大毅と、内藤の舌戦が取り沙汰されているが、
ここでは、それは書かない。

ただ、それが、このタイトルマッチを因縁めいたものとし、興味を引いた事も事実だ。

序盤から、頭を低くガードを固めて、突進する大毅に対して、
足を使って廻りながらガードの上からでも構わず叩く内藤。

大毅はインタビューでは、足を使ってアウトボクシングをやると言っていたが、
その話とは真逆に、明らかにインファイトに持ち込もうとしている。
頭を低くした姿勢で、至近距離へ。
噛み合えば、凄い試合になると予感したファーストラウンド。

しかし…。

インファイトに持ち込もうとするには明らかに手数が少ない大毅。
18歳のチャレンジャーにしてはガチガチすぎるガード…。

下馬評では、内藤の圧勝で、
オッズには、倍以上に差がついていた。
3倍近くにも。

この試合を見ていて、辰吉丈一郎VSダニエルサラゴサ戦を思い出した。

その時、辰吉は、網膜剥離により、次に負ければ引退という精神的負荷を背負っていた。
その試合で辰吉は、
ダニエルサラゴサの放った、顔面へのパンチによって腰を落とす。
最初に被弾した強打一発によって、辰吉のリズムが崩れ去っていく。

焦りと、変則的なボクシングに噛み合わない歯車は、ずるずると、空回りをはじめ、最後までそのエナジーを燃焼させる事ができなかった。

内藤圧勝という予想。

こういった下馬評をひっくり返す時。
伝説が始まる時。
スーパースターが誕生する時には、
序盤から、息をつく間も無いラッシュが全てのラウンドに満ち満ちていて、
観る者さえ圧倒する熱がリング上にあった。

かつて、前評判では圧倒的に王者有利とされた試合で、
挑戦者である具志堅用高が、常に全てのラウンドで、
有利とされた王者を圧倒したように。

若さ対キャリアの闘いにおいては、
武骨なまでのスタミナとパワーによって
キャリアは若さに制圧される。

だが、ダークホースと言われている
新進気鋭の新人が叩き込まれた精密機器的なボクシングは、
変則的なボクシングに噛み合わず、チューニングを狂わせられる。

そんなマッチメイクを制するのは、なりふり構わない情熱だけだ。
その情熱だけが王座を獲るのだと、
改めて思った。

内藤のボクシングは、見事だった。

初防衛というプレッシャーもあっただろう。
マスコミが注目をしている亀田大毅という、
ビッグネームに対するプレッシャーもあっただろう。

内藤は、序盤、瞼をカットし、流れる血に一瞬ひやりとする場面もあった。
ここでラッシュされたら、果たして大毅の手数を捌けるのかと。
流血がひどくなったら、ストップされかねない。
そして、内藤のスリップダウン。
スリップするということは、足に踏ん張りがきいていない証拠。
一発逆転もありうると思ったそれも、
頭を下げてくっつくだけの単調な大毅の攻めによりドラマは展開しない。
内藤の最後のスタミナ切れさえ、老獪なクリンチワークによって、打ち消されてしまう。
内藤をコーナーへ押し込んでも逃げられる。

下げすぎた頭に、容易に内藤はのし掛かるようにクリンチに逃げる。
そして、大毅のガチガチに固めたガードの合間をぬって、ボディへのフック、アッパー。
ボディへは、結構良いパンチがヒットしているように見えた。

だが、大毅のスタミナは切れていない。
対照的に、内藤の足はおぼつかない。

最後まで気が抜けないラウンドが続いていた。

最終ラウンド。

苛立つ大毅。
その苛立ちの尤も現れたラウンドだった。
投げ飛ばされた内藤。

減点1
客席からのブーイング。

その後、更に、抱え上げるようにして、内藤を投げ飛ばす。

更に減点2

苛立ち、焦り。
憮然とした表情。

最後こそ、KOされるリスクを負いながらも、
打ってでなければならないというのに…。
互いにもつれ合い、
むざむざと、倒れ込み、内藤を休ませてしまう。

為す統べなく、最初から頭をひねり続けた大毅。
歯車が狂ったまま、最終ラウンドまで不完全燃焼を続けたまま…。

テクニックか、情熱か。

ボクシングは、奥が深い。

奥が深いが、ゴツゴツとした意思の力。
武骨な意思。
後先を考えぬ程、思いの強い者が勝つ。
そう、思う。

そんな、勝ちに対する執念。
情念のようなものが…。

どんな思いが二人の間にあったのだろう。

叩き上げの内藤と、注目を浴び続ける大毅。
ただ、ひたすら、みんなに力をもらってここまでこれたと言い続ける内藤。
自分の夢の為にと言い続けた大毅。

大毅は、これから強くなるだろうと思う。
恐らく今の内藤も及ばないくらいに強くなるだろう。

敗北によって、学んだ思いが、どう大毅の中で熟成していくか。
これからが楽しみだと思った。

大毅にとっては、夢の始まりのファーストラウンドは終わり、
これから新たな第二ラウンドがはじまる。
そして、
内藤にとっては、光の当たらなかった時代が終わり、
これから、真価を問われるチャンピオンの世界が拓けたのではないかと感じた。

始まりの終わりと、終わりの始まりが交錯した試合。

久々に、心地よい緊張感に満ちた試合だったと思った。

リング内の事はリング内の事。
リング外の事は、リング外の事として、
この舞台の為に積み重ねてきた時間に対する両者への尊敬の念を抱く試合だと思った…。


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坂本博之 引退 [ボクシング]

坂本、最近どうしてるかな?
ふと、最近思っていた。

思い詰めた、何かを見極めているような風情が印象的だったボクサー坂本博之。

ハードパンチャーで、不器用で、当たれば倒れるというスタイルは、あまりにも博打にも似ていて、実直な坂本博之の性格には似合わないような気がしていた。

しかし、そのスタイルが、人の心を捉えていたのも事実。

私が彼を思い出す時は、闘っている姿ではなく、インタビューの姿だ。
うつむきがちに、ひと言ひと言噛みしめるように語る坂本博之。

まるで、人生を悟り切ったような哲学者のような。
まるで、人生のどこかをざっくりと切り捨ててしまった世捨て人のような。

そんな話し方をするボクサーだった。

自分の心の中の、只一つの
自分の真実を探りながら生きている。
大切なものを削り取った。
心の揺らぎを削ぎ落とした。
そんな純粋なコアを持つボクサーだった。

「子供の頃、食うものが無く、
道端に生えている雑草を食っていた」

そう語る彼は、福岡県田川の児童養護施設で幼少期を過ごす。

ボクサーになってからの戦績は39勝(29KO)7敗1分け。畑山隆則との熱戦など4度世界王座に挑戦。児童養護施設で育ち、ハングリー精神と強打で人気を博した。

「打たれても、打たれても前に出るスタイルが俺なんだ」

そう語る、実直過ぎるボクサーの引退試合が終わった。

見届け切れなかった、いちファンの燻り続ける想いを残して。

坂本博之。
あなたのボクシングが好きでした。

坂本博之HP
http://sakamoto.kadoebi.com/message/


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ボクシングの試合に思う。 [ボクシング]

http://blog.so-net.ne.jp/shine/2005-02-08

ここで、鬼塚勝也の記事を書いていた。

私にとって、鬼塚は悩ましい存在だった。

好きなボクサーなのに、いつも判定で、疑惑の判定と、言われるようなボクサーだった。次の日に、『あれはないよね。』という言葉に対しての反論を考えて会社に行っていた。(笑)

ラウンドマストシステムというのがあって、ラウンドごとに、10対9をつけなければいけないというシステム。

僅差であれば、判定が割れるのは予想される。

パンチの効果や、クリーンヒット、手数、ディフェンス等の要素が考慮され、どうでも10対9をつける。

一番ポイントに繋がるのは、やはりパンチの効果。

ハードパンチャーだったら、10発の軽いパンチを、相手がふっ飛ぶような一発のパンチで覆せる。

あと、見栄え的に、あと10秒となった時のラッシュは効果的に見える。

など。

ボクシングは、そういった意味で、非常に判定が割れやすい。

亀田興毅についていろいろ言われているけれども、

テレビと、会場は違っていて

それは、どこのステージで闘っているかという臨場感。

誰のパンチが当たった時に会場が沸くか。

それは、会場にいないテレビの前の私にはわからないが、

それも、採点に効果があることは確か。

いろいろ言われている事に対して、私は結論を出さない。

疑惑の判定だと言われているようだけれど、

それを問題視はしていない。

ボクシングは、そういった見方で見ていない。

ボクシングは、もっと勝ち負け、判定、そんなレベルを超えたものを感じている。

ボクシングのベストバウトと言われる試合。

試合が終わった瞬間に、その試合は、クラッシックなブランドとなる。

それは、ボクシングという競技の過酷さにある。

コンマ何秒で繰り返される濃密なテクニック。
様々な感情を巻き込みながら、

たった3分と、1分間のインターバル。

それが12ラウンド。

それで、天と地ほど、人生が変わる。


負けたものには何もやるな。


そんなスポーツ。

一度の敗北に、二度と世界挑戦のチャンスが巡ってこないボクサーのなんと多い事か。

亀田興毅のような選手は稀なのだ。

日本チャンピオンであっても、ラーメン屋でバイトしていたり。
日本チャンピオンであっても、誰も名前を知らない。

一度の負けは、社会的な死を意味する世界。

そんな世界の中で、勝ち進んできた、技術と、心、思いのぶつかり合い。

私は、それを見る。

プエルトリコのボクサーも、上手ければ応援する。

ディフェンスと、オフェンスのバランスに感嘆のため息をつく。

この最高の舞台で、ぶつかり合う濃厚な時間に酔う。

この一秒の為に、どれだけの時間が繰り返されただろう。

貴い微塵も虚偽のない一秒一秒が流れていく。

私にとって、結果は、結果。

負けても良いとは言わないが、

嘘の無いその時間が導き出した。

引き寄せた運であれば、

よかったな。

と、讚えてあげようと思う。

鬼塚勝也が、昔、言っていた。

どんな勝ち方でも、勝ちは勝ち。

自分の方が、勝ちたいという気持ちが強かったから勝った。

ただ、それだけだと。

きっと、人生もそうだ。


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ボクサーについて。【最近見てないけど…。】 [ボクシング]

大橋秀行
川島郭志
辰吉丈一郎
日本人のボクサー以外では、メキシコのボクサーが好きで、
その中でもリカルドロペスが大好きだった。

でも、鬼塚勝也が一番好きだったかもしれない。
ふと、最近そう思った。
精悍な風貌。
繊細で、いつも張りつめたような瞳をしたボクサーの事だ。

うまく書けるかどうかわからないけど、ちょっと書いてみたくなった。

鬼塚勝也は、決して派手なボクサーじゃなかった。
むしろ、勝ったら、疑惑の判定って言われて、次の日の新聞にデカデカと書かれるようなボクサーだった。
KOがあったわけでもなく、いつも、判定勝負。
川島のように、日本人離れした華麗なディフェンスワークがあるわけでもない…。
大橋のように、胸のすくようなカウンターパンチャーでもない。
辰吉のように多彩で力強いコンビネーションブローが打てるボクサーでもない。

ただ、勝つことに対しての執着心は非常に強かったという。

どんなことをしても、最後に手を上げていたほうが勝ち。
疑惑の判定と言われても、勝ちは勝ち。
勝つ為の思い、情念が強かったから自分が勝ったのだ。
と彼は言っていた。
判定でも勝ちたいという思いは、あまり、私には魅力のある発言ではなかったが…。
その思いは痛いほど、わかった。

そんな彼も、日本チャンプ以前はKOを狙いに行くボクサーだったらしい。

KOできるパンチがヒットする距離は、相手にとっても自分にとっても危険度が高い距離なのだ。
一発で、試合の流れと、ボクサーの人生をひっくり返す距離。
命さえ危うくなる距離。
それが、インファイト(接近戦)の距離。

そのスタイルが世界戦を境くらいに、危険を冒さず、自分の距離を測るボクサーになっていた。

眼が、その頃から、ひどく悪くなっていたらしい。
ボクサーは、眼が悪くなったら引退。
鬼塚は、あくまでも、その事を隠して、失明の危険をも顧みず、視力表を記憶し、視力の衰えを隠し、そんな頼りない眼でリングに上がり続けた。

どれだけ危険なことかわかるだろうか…。
いや、私にさえわからないと思えるのだが…。

印象に深いのは、鬼塚の引退試合。
対戦者にKOに近いダメージを与えつつ、その次の瞬間には、めった打ちにされていた姿。

試合前の、記者の前での公開スパーリングも行わなかった鬼塚の眼は、既にほとんど見えていなかったのかも。
だから、敢えて、最後の試合は、倒すか倒されるかの危険なゾーンへ踏み込んでいったのだと…。

めった打ちにされて、ヒザをついてもおかしくないようなダメージを受けながらも、敢えて、レフリーが割って入るまで、倒れる事を拒み続けたその姿が、痛ましかった。

『ボクシングが人生に似ているのではなく、人生がボクシングに似ているのだ。』

誰かが言った、なんだか、あまりわからないなぞ解きのような言葉なのだけど
ちょっと、わかるような気がする今日この頃なのだ…。


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